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コンプラめちゃくちゃ

今でもSpotifyを利用して音楽を流していることが多い我が家です。

ずっと洋楽を聴いていたんですけど、たまには邦楽でもってことで、私達夫婦の生まれ年である1960年代から最近まで、いわゆるニューミュージックやJ・ロックなに分類されるアーティストのヒット曲上位3位くらいまでを集め、1,000曲以上のプレイリストにしてみました。

で、思ったんですけど、古い曲ってコンプライアンスもなにもあったもんじゃなく、今じゃ発禁になるか、その筋の団体から抗議が殺到すること必至であろう歌詞が随所に散りばめられていて愉快です

16歳とか17歳で同棲していることを思わせる歌詞とか、手首の傷がどうしたとか自殺することが美しいと言わんばかりの歌詞、人生を振り返りつつ意識が遠のいて死が近づいてくるという、まるで自殺実況のような歌詞、授業をサボって校舎の屋上で寝転びながらタバコを吸ってみたり、夜の校舎で窓ガラスを壊してまわったり、15歳なのにタバコをふかして盗んだバイクで走り出したりと、もうムチャクチャなのが逆に笑えます。

女性のことを『女』とか『おまえ』と呼ぶのは当たり前、ごちゃごちゃ言わずに黙ってついてこい的な内容とか、かなりひどいことをしたのが別れた原因であろうと容易に推測できる歌詞なんかも山盛りで、もう笑いが止まりません

表現の自由ってやつですし、そんな歌詞が支持されていた時代ですし、細かなことばかり言っていると将来はパンクとか過激系のラップなんかも絶滅してしまいますから、ある程度は許容すべきなんでしょうけど。

そういう意味からすると、現代のアーティストはやりにくいでしょうね。

本当に表現したいことなどを伝えられるのか

私的には、なんでもクレーム対象にする最近の風潮はどうかって思いますし。

もっと自由に表現してもイイんじゃないかと、ええ

がんばれ、時代の反逆者たち

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入院中の思い出 scene 36 ~胃ろうの日々~

入院中の思い出

造設手術を受けてから抜いてもらうまで、172日間も私の体にあった胃ろうですが、これがなければ生きられなかったのも事実ですし、邪魔で邪魔で仕方なかったのも事実です。

腹に空けた穴にチューブを突っ込み、

抜けないように裏側(胃の中)に留め具が付けられているのですが、
「強く引っ張ると抜けちゃいますからね」
などと、気管切開チューブの時と同じように看護師さんが軽〜く言ってくれたりするので、寝ている間に引っ張ってしまわないかドキドキの毎日でした

このチューブに大きな注射器のようなもので栄養剤を送り込み、

必要最低限のカロリーや栄養を補給していたのですが、これがなかなかな面倒で

まずはチューブの先端を洗浄してから栄養剤を何度にも分けて注入し、それが終わるとチューブ内を洗浄するために水を流し、再び先端を洗浄、そして胃ろうがなるべく動かないように固定する必要があります。

所要時間は30分以上といったところで、普通の人の食事より時間がかかっていました。

胃ろうを固定しても、やはり微妙に動いたりするのもですから腹に刺さっている部分にイボができたり化膿したりすることもあり、就寝時に寝返りをうって腹の左側が下になると痛くて目を覚ましたことも一度や二度ではありません

おまけに固定のために貼っている絆創膏に皮膚がかぶれ、かゆいのなんのって

ずっと絆創膏を貼っていたので、そのネバネバが皮膚に残り、それがいつまでも取れないような錯覚を起こし、しばらくの間はシャワーを浴びながらガリガリと爪を立てて取ろうとしたものです。

口からチューブを入れると吐き気を伴いますので、胃ろうという処置が考案されたのでしょうけど、それはそれなりに面倒だったり辛いものがありました。

やっぱり、もう嫌ですね、あんなことは

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身の上ばなし ROM-9 ~誰の祖父母~

身の上ばなし

オキザキ3姉弟とは互いに微妙な気を使いながら、つつがなく暮らしておりましたが

ある日、何がきっかけだったか覚えていませんけど、隣に住むオキザキ爺ちゃんと婆ちゃんは誰の祖父母なのかで大揉めしたことがあります。

そりゃあ当然、オキザキ3姉弟の祖父母に決まってるんですけどね。

しかし、私にだって数年間も毎日暮らし、育ててもらったという自負(?)があるものですから、
「俺の爺ちゃんと婆ちゃんだっ
と言って譲りませんでした

それなら直接聞いて白黒はっきりさせようじゃないかということになり、私と3姉弟が訪ねていくと家にいたオキザキ婆ちゃんは少し困ったような、そして少しうれしそうな優しい顔で
「みんなの婆ちゃんだからね」
と言ってくれたのを覚えています

そのオキザキ婆ちゃんが亡くなったのは1997年、私が34歳の時。

当時は大阪で会社を設立したばかりの頃で忙しくしており、弔いに行けなかったことは今でも心残りで、悔やんでも悔やみきれません

しかし、状況が状況でしたから、優しいオキザキ婆ちゃんは優しく笑って許してくれることでしょう。

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通院 2026-01-23 補綴

今日は午後からの予約だったので、ゆっくり準備して出かけました。

  • 準備
    • 今日は時間があるため通常どおりに朝の散歩をして朝食
    • 家の中のことを色々と処理してから歯磨きなどの身仕度
    • 11:43 出発
  • 往路
    • 11:47 バス停着
    • 11:57 6分遅れでバス乗車
      • こんな時間なのにまずまずの乗車率
      • いつもの席を確保して瞑目
      • 13:07 アラームで覚醒
    • 13:26 13分遅れでバス到着
  • 受付
    • 13:31 遅れて受付完了
  • 補綴
    • 13:33 予約時間を3分オーバーして補綴受け完了
    • 13:37 補綴開始
      • 微調整しつつ確定部分を硬い樹脂に置き換える作業をしたため補綴が長時間に
    • 14:52 やっと補綴終了
    • 次々回の予約時間が3月13日の15時で口腔外科が同日11:30だったため、口腔外科を14:20に変更
  • 軽食
    • 昼ごはん抜きだったので院内コンビニでパン購入
    • 持参したコーヒーと合わせて食事
  • 会計
    • 会計受付がうまくいかないため、診察券を再発行
    • 15:35 精算終了
    • 今回も700ページの本を持参したが1文字も読めず
  • 復路
    • うがいなどを済ませてバス停に
    • 15:50 バス停着
      • かなりの人数が並ぶなか、順番抜かしして横入りする婆さんあり
    • 15:56 2分遅れでバス乗車
      • 車内バリ混みで座れず
      • 車内に響き渡る女子高生の話し声、笑い声
        • 全員が黙々とスマホするよりマシか
      • 16:11 いつもと異なる席に座って瞑目
      • ふと目を覚ますと車内はガラガラ
        • みんなどこで降りたのか
    • 17:23 3分遅れでバス到着
    • 17:28 無事帰宅

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全身かゆし

この季節がやってまいりました

もう、体のあちこちが痒くて

就寝中にボリボリってしてますね、たぶん。

入浴するとヒリヒリしますもん、あちこちが

指先が乾燥してカサカサですし、手荒れもしてますし

スマホの反応が悪いのなんのって

もう、歳ですね、仕方ありませんね、こりゃ。

とは言っても、もう1月下旬。

あと1カ月ちょいで寒さも緩み、乾燥の時期も終わりに近づくことでしょう。

それまで、ちょっと我慢です

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悲報届かず

緊張の一週間が過ぎました

がんの再発・転移がないかのMRI検査をしたのが先週の13日

前例からすると、何か問題があった場合は一週間後の水曜日に連絡が来ます。

今回、主治医からは
「再発・転移が濃厚または確定だったら連絡します」
と言われ、現状と変わりなく影が写っている程度だったり、その影が消えていた場合は連絡しないということだったので、かなり緊張感のある一週間でした

いえ、正確には、きっと大丈夫だろうという妙な自信があったので、連絡のことなど忘れていることのほうが多かったんですけどね

で、病院の診療時間が終わった今、連絡がなかったということは画像検査の結果に問題がなかったということになります。

自信があったとは言え、やっぱりほっとしました

「ああ、大丈夫だった」
「辛い治療を受けずに済んだ」
「再発・転移じゃなくて本当によかった」
って。

妻も私と同じ、いえ、私よりも心配し、気にかけてくれていたことでしょう

今夜は安心してぐっすり眠ってくれたらと思います

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パチンコ店のネオン控えめ

通院の予約時間が遅く、帰り道は空が暗くなっていることがあります。

バスに揺られながら外の景色を見ていて思ったんですけど、最近のパチンコ店ってチカチカ、ギラギラのド派手なネオンがないんですね

私が若い頃は、祭りかって思うくらいビカビカで、各店が競うように凝ったネオンを光らせていました。

「公営ギャンブルでもないくせに派手なことをすなっ
って、当局からのお達しでもあったのか、SDGsを意識して消費電力を減らしているのか分かりませんけど、今は驚くほど大人しく、ぱっと見ではパチンコ店だと分からないくらいです。

AIさんに訊いてみたところ、様々な方面から様々な規制がかけられているらしく

この30年くらいで徐々に規制が増えたのかもしれませんが、あのネオンには少なからず客引き効果もあったでしょうから今は他の方法で宣伝するしかありません。

だからなのでしょうか

最近、パチンコ店の新聞の折込チラシに
『◯◯ちゃんが来店
などというコピーを頻繁に見かけるようになりました。

それを見るたびに
「誰だっ  おまえはっ
ってツッコんだりしていますが、頻繁に宣伝するっていうことは、それなりの集客効果があるのでしょうから、その界隈ではきっと有名なんでしょうね、きっと。

妻と結婚してパチンコからキッパリと足を洗いましたが、知らぬ間に時代は変わっているようです

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部位別がん5年、10年生存率

厚生労働省が、がんと診断された人が5年後に生存している割合を初めて公表しましたね。

過去に国立がん研究センターが公表した10年生存率と合わせたものが以下のPDFです。

妻が患った子宮体がんの5年生存率は79%で10年が約80%。

今でも元気にしていますから、その80%の中に妻は入れたということになります

私が患った口腔がんの5年生存率は約60%ですが、10年は資料が見つかりませんでした。

まあ、10年後はアレですけど、5年は60%の仲間入りをしたいところです

今も転移、再発の疑いは微妙に残っていて先日のMRI検査の結果待ちですが、主治医の話によると、発症した骨部分は完全に切除しているので再発するはずがなく、抗がん剤が劇的に効いて細かながん細胞も消滅したので転移の可能性も高くないとのことですから、きっと大丈夫なんだと信じています。

扁平上皮癌の中でも稀で攻撃的な亜型である紡錘細胞がんなだけに、糖分や塩分を控えるとか脂っこいものを控えるなどの食事療法じゃどうにもなりませんし、すでにタバコはやめていますし、酒量も劇的に減りましたので、これ以上は気をつけるところがありませんから、ただ再発も転移もないことを祈るしかありません

笑うと免疫力が上がるということですが、私達夫婦は毎日なんだかんだで笑っていますし、免疫力の向上が期待できるイミューズは今でも飲んでいますので、あとは極端に再発や転移に怯えることなく心穏やかに過ごしていたら5年でも10年でも生存できるんじゃないでしょうか

そう信じて、明日からもイミューズを飲みつつ妻と楽しく暮らそうと思います

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耳垢

以前に鼻垢が極端に少なくなったことを書きましたが、実は私、耳垢も極端に少ないんですよ。

でもそれは、あの手術が影響しているわけではありません。

実は、私たち夫婦が絶大なる信頼を寄せるオロナインH軟膏の効果だったりします。

私が30代後半から40代にかけてのこですが、かなり頻繁に耳掃除をしていた時期がありました。

でも、それって逆効果で、やりすぎると耳垢が増えてしまうんですって

当時はまだインターネットも今ほど発達しておらず、そんな情報なんか知る由もなく

結果、常に耳の穴が粉を吹いたようになり、収集がつかなくなってしまいまして

それは外からも見えるほどでしたから、なんか不潔っぽいですし、人様に不快感を与えてしまうのは避けられず、ちょっとした劣等感にさいなまれたりしておりました

そこで、入浴後に綿棒を使って耳の穴にオロナインを塗り、耳掃除したい衝動を抑えつつ何日か過ごしたところ、あれだけひどかった粉状の耳垢は影を潜め、痒みもまったくなくなったんですよ

それ以降、現在に至るまで入浴後は耳にオロナインを塗り続けている影響なのでしょう、もう何年も本格的な耳掃除をしたことがありません。

たまに耳の穴に痒みを覚えますが、耳かきでコリコリしても耳垢が取れることは極めて少なく、孫の手で背中を掻くのと同様に、ただ痒い部分を掻くための道具として耳かきを使っています。

妻は耳垢に悩んでいませんでしたが、私と一緒にオロナインを塗っているので今では年に数度しか耳かきを使うことがなくなりましたから、やはりその効果は絶大です。

耳垢には外耳道を保護し、細菌やカビの繁殖を防ぎ、異物の侵入を防ぐという立派な役割がありますので、あまりにも少ないのはどうかって思わないでもありませんが

耳掃除の手間がいらず楽なので、ついついオロナインを塗ってしまう私たち夫婦がここにいたりします

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入院中の思い出 scene 35 ~開口訓練開始当初~

入院中の思い出

開口訓練が始まったばかりの頃、力加減をどうしたらよいのか分からず当惑していました。

主治医に言われたとおりに器具を使ってみたところ、あまりの痛さにあごが取れるんじゃないかと思っちゃいましたからね、ええ

力を入れると、なんかメリメリって音が聞こえますし

ほほに移植した腹筋が本当に定着し、それなりの強度があるのかも分からないので、もし力ずくで口を開いてプチって切れてしまったらどうしようかと思ってしまいましたもん

恐る恐る主治医に訊いてみたところ、
「大丈夫ですよ」
と、半笑いで応えられてしまいましたけど

いくら大丈夫と言われても不安は拭いきれず、そろりそろりと力を加えたりしたものです。

おまけにあごの関節、くちびるの切り傷、口の中の傷にほほの傷など、ありとあらゆる部分に激痛が走るので、力を込められるはずなんかありませんよ、マジで。

でも、いつまでも小指の爪の先がやっと入るくらいしか口が開かないのも困りものなので、それはそれは必死に続け、激痛に耐えながらグリグリと口をこじ開ける地獄のような訓練を続けてきました。

そして、やっと人並みくらいに口が開くようになりましたが、だぁ〜れもほめてなんかくれやしません

主治医にも口をガーッと開いて見せているんですけどね。

えらい、よく頑張ったと言ってくれるのは妻だけです

まあ、私の努力をそばで見てくれている人が近くにいるというのは嬉しいものですけど

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