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スマイル缶バッチ

子供の頃、スマイルの缶バッチが登場しました。

田舎に住んでいたので現物を見ることはなく、子供雑誌に載っているものを見て知ったような気がします。

まだキャラクターということも知らずに、なんとなく可愛いと思って眺めていたんでしょう。

それで手芸の得意な亡母が、黄色のフェルト2枚を丸く切り、中に少し綿を入れて重ねて縫い合わせ、顔は黒糸でステッチして作ってくれました

紐も付けてぶら下げられるようにしてくれたので、喜んで付けていました。

当時は今のようにランドセルに何かを付けるという習慣はなく、そんなことをすると目立つので学校には持って行かず、うろ覚えですが習い事のバックに付けていたんでしょうか。

それを見た1学年上の次兄は、いいなと思って自分の分も母にお願いしていました。

しかも私が作ってもらったもの2倍くらい大きなもの

どこに付けたのか知りませんが、友達からいいねと言ってもらったらしく、友達の分も母にお願いしていました。

4~5個くらいかな

自分だけでなく友達の分も、というのは次兄らしいなと懐かしく思い出したりしています。

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身の上ばなし ROM-9 ~誰の祖父母~

身の上ばなし

オキザキ3姉弟とは互いに微妙な気を使いながら、つつがなく暮らしておりましたが

ある日、何がきっかけだったか覚えていませんけど、隣に住むオキザキ爺ちゃんと婆ちゃんは誰の祖父母なのかで大揉めしたことがあります。

そりゃあ当然、オキザキ3姉弟の祖父母に決まってるんですけどね。

しかし、私にだって数年間も毎日暮らし、育ててもらったという自負(?)があるものですから、
「俺の爺ちゃんと婆ちゃんだっ
と言って譲りませんでした

それなら直接聞いて白黒はっきりさせようじゃないかということになり、私と3姉弟が訪ねていくと家にいたオキザキ婆ちゃんは少し困ったような、そして少しうれしそうな優しい顔で
「みんなの婆ちゃんだからね」
と言ってくれたのを覚えています

そのオキザキ婆ちゃんが亡くなったのは1997年、私が34歳の時。

当時は大阪で会社を設立したばかりの頃で忙しくしており、弔いに行けなかったことは今でも心残りで、悔やんでも悔やみきれません

しかし、状況が状況でしたから、優しいオキザキ婆ちゃんは優しく笑って許してくれることでしょう。

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