あの日、あの時、主治医から病名と進行状況を聞かされてヘナヘナとなってしまった私ですが、病室に戻ってしばらくすると落ち着きを取り戻しました。
今から思うと不思議なのですが、ステージ4で壁深達度T4Aということは、手術で体(顔)を開いてみても手の施しようがないからと、静かに閉じて余命を告げられるというケースは多々ありますから、私だってそうなる可能性は少なくなかったはずなのに、自分の身に死が迫っているとは思ってもいなかったんですよ ![]()
抗がん剤が人によって効いたり効かなかったりするのは妻の病気の際に知らされていましたし、紡錘細胞癌の場合はがん細胞が広く細かく拡散しているので抗がん剤でどこまで消せるか、手術でどこまで取りきれるか分からないとも聞かされていました。
それなのに、
「抗がん剤が効かなったらどうしよう」
とか、
「手術しても治らないかも」
などと悲観的に考えたことはなく、
「まあ、どうにかなるわさ」
と、楽観的に考えて
いえ、そもそも自分の病に関して深く考えることすらなかったように思います。
あまりにも大きな病気でショックが大きく、思考停止状態、脳が考えるのを止めてしまったのか、心が受け入れられなかったのか、根っからの合理主義で自身の努力ではどうにもならないことは考えるだけ無駄だと思ったのか、元来の頭の悪さが幸いして難しいことを考えられなかったのか ![]()
とにかく、その日の夜、次の日から妻と二人、悲観的になって涙にくれることもなく、普段と変わらずニコニコと会話していたように思います。
私が超楽観主義なのか、アホ丸出しなのかはさておき、深く考えずに過ごしたのが結果的に良かったんじゃないかと ![]()
妻を深く悩ませたり苦しめたり、悲しい思いをさせることはありませんでしたから ![]()




