病気が発覚し、検査入院した今でもこのブログではカテゴリーを設定していないため、今のところ私が投稿している記事はすべて 経過観察 10年以降に分類されています。
それもどうかと思いますが、がんの種類が不明なので新しくカテゴリーを増やすこともできません
それが決定すればカテゴリーを新設するんですけどね。
がんの種類を早く知りたいような、知るのが怖いような
なんだか複雑な気持ちです
妻が子宮体癌を発症し、夫が扁平上皮癌を発症してしまった夫婦の闘いの日々
病気が発覚し、検査入院した今でもこのブログではカテゴリーを設定していないため、今のところ私が投稿している記事はすべて 経過観察 10年以降に分類されています。
それもどうかと思いますが、がんの種類が不明なので新しくカテゴリーを増やすこともできません
それが決定すればカテゴリーを新設するんですけどね。
がんの種類を早く知りたいような、知るのが怖いような
なんだか複雑な気持ちです
検査入院してからというもの、ずっと便秘しております。
5月29日に入院してから出たのは6月2日、4日の2日間のみ
母親譲りの体質で、便秘だからといって苦しくも何ともないんですけどね。
それでも妻や看護師さんが心配するので、日々イミューズを飲み、運動を心がけております
妻が頭痛になって鎮痛剤を飲むと便秘になりやすいと言っていたのを思い出し、Google先生に訊いてみたところボルタレンの副作用にも便秘が記されていました。
だからなんですね
でも鎮痛剤を手放す訳にもいかないので最終的には下剤ということになるんでしょうか。
ところで、ずっと気になってたんですよ。
看護師さんが
「お便は出ましたか 」
って訊いてくるのが。
そこに『お』を付けなくても、便で良くね
ネガティブスパイラルからは脱却しましたが、最後に一つ重要な問題が残っています。
それは、私にできた腫瘍の正体が何であるかということです
5月31日に組織採取をして結果が出るまで一週間と聞かされていましたが、通常の検体とは異なるので特別な検査が必要だと6月6日に知らされ、さらに待つこと一週間
明日は主治医も出張から戻りますので結果を教えてもらえるかも知れませんし、まだ検査に時間がかかるかも知れません。
その一点だけが残る不安要素となっています
「口ではなく、鼻腔がん・副鼻腔がん、上顎洞がんなど鼻周りのがんでした」
と、言われるならまだしもなんですけど。
人類が初めて目にする病原体だったら
世界に数例しかなく、治療法が確立されていない特殊な腫瘍だったら
地球温暖化で溶け出した氷河に含まれる太古の病原体だったら
宇宙人にさらわれて埋め込まれた腫瘍だったら
逆に、とっても嬉しいパターンとしては、
「いやぁ〜、詳しく調べた結果、悪性腫瘍じゃありませんでした〜」
と、言われることですが
そんな可能性は1ナノもないでしょうね
病院の食事は決して美味しいとは言えませんが、出されたものは残さず食べるという昭和初期の考えを持つ母親の教育をもろに受けた私は、なるべく残さず食べるように努めています。
しかし、おかずは完食できるものの、お米の量が普段の2倍くらいあるので食べきることができません
それでも頑張って食べますが、1/4は残ってしまうんですよね。
先程、食事を終えて歯みがきをしていると、洗面所まで看護師さんがやって来て
「食事はお下げしてよろしいですか 」
と、聞いてきます
いや、食べ終わったからベッドにおらず、もう食べないから歯をみがいている訳で
たぶん、看護師さんの実習教育とかで、必ず下膳しても良いか確認するようにって教えられたのでしょうね。
何もそんな杓子定規にならくても
とりあえず
「下げて構いませんよ」
と、答えておきましたが、洗面所まで追いかけてきて聞かなくても、それくらいは応用を利かせてください。
真面目なのは良いことですが、もう少し臨機応変にやりましょうよ
今はもう、検査で転移がないことが判明しましたので気持ちは落ち着いています。
あえてネガティブ・シンキングをしていたので、最悪の事態にならなかっただけ儲けものだと思える訳で
実は、本当に転移を恐れていましたし、怯えながら何週間も過ごしていました。
それは、もしやと感じることが複数あったからです。
もう何カ月も前から首の右側に張りがあり、押すとリンパ節あたりにピリピリと電気が走るような軽い痛みがあったので、
「もしや、いや、たぶんリンパ節転移かも」
などと恐れていました
そして、同じく何カ月も前から右頭部に違和感を覚え、握りこぶしでグリグリとマッサージをしていて、妻に
「どうしたの 頭が痛いの 」
と、聞かれたことが何度かあります。
その妙な違和感に対しても
「もしや脳転移かも」
などと怯えていたんですよ
右目だけ極端に、そして急速に視力が悪化したのも転移
頭痛とはほぼ無縁だったのに、たまに右こめかみあたりが痛いのは
などなどと、ネガティブスパイラルが止まらない日もありました。
そんな日々も今は昔。
その重圧から開放されただけで、病気がひとつ治った気分です
今日一日、まったく声を出していません。
そう気づいたので、さっき「あー」と声を出してみました
ふぅ、はぁ、と無意識に息は出ますが、声は出ないものですね。
現在、夫は検査入院ですが、のちに手術を受けたあと何日かはビデオ通話で会話も出来ないでしょうし、そうなると私も声を出さない日が出てくるでしょう。
とりあえず独り言をブツブツ言ってみましょうか
それがいつの間にか癖になり、夫が帰宅した際に、独り言が多いと言われてしまうかもしれないですね
17日目のバジル。
3~4枚目の葉も大きくなってきました
今日の血圧
朝 119-68(心拍数 63)
夕 119-67(心拍数 74)
昨日の投稿の続きになりますが、私の左足のスネにはアザがあります。
全身紫色の仮死状態で生まれた私は、取り上げられて数分後にやっと産声をあげたとのことでして
そして、自発呼吸が始まると紫色だった肌が少しずつ普通になってきたらしいのですが、母に初めて抱かれたときは、まだ左半身が紫色のままだったので、それを見た母は
「なんて可哀想な子を産んでしまったのだろう」
と、私の将来を悲観したそうです
しかし、左半身全域だった紫色の肌も、顔が普通になり、腕が普通になり、胸が、上半身すべてが・・・と、徐々に範囲が狭まって、最後に左足のスネにトランプのダイヤ型のアザを残すのみとなりました。
綺麗な足ではないので人様にお見せできる代物ではありませんが
形はビローンと伸びてしまったものの、今でもクッキリとアザは残っています。
まるでホクロの集合体のように見えますが、たしかに私ってあまり顔や体にホクロがないんですよね。
約61年が経過しても消えないこのアザは私のシンボルとなっており、
「身元不明死体になっても足を見たら分かるね」
などと、妻は言います
確かにそうなんですけど
まあ、そんな事態になった場合には、身元確認をお願い致します。