居酒屋


飲食店の生存率

明日から妻の通院のお供で札幌に行ってきます。

私の第一目的はいつもの居酒屋に行くことなんですけどね

知り合いが先週の土曜日(1日)に店に行くと、割と賑わっていたとのことでしたので新しいお客さんが付いてくれたんでしょうか。

いわゆる水商売、飲食店の生存競争というのは厳しいものがありまして。

開店してから1年以内に35%が閉店、49%が2年以内、70%が3年以内に閉店しまい、10年後に残っている店は10%にすぎないのだとか

火事になってしまった以前の店は、その土地で 30年以上も続いていましたから実績はあるんですけど

新しい場所での再開ですし、こればっかりは先がどうなるか分かりませんもんね。

私としては、せめて少しでも売上に貢献できるよう、微力ながら協力させていただく所存でございます


居酒屋の再開と再会(3)

前回からの続き。

再開した店は以前はダイニングバーだったとのことで、外観も内装もあまり居酒屋っぽくありません。

まねき猫は以前の店にあったもので、火事で燃えずに助かったのですから運の良い縁起物なんじゃないでしょうか

ちなみに、写真右上に写っているスキンヘッドがマスターです

今は以前のお客さんが来てくれて賑わっていますが、場所は前の店からかなり遠いので、いつまでも来てくれるという保証はありません。

ということは新しい土地で新しいお客さんに来てもらうのが急務ですね。

そんな時、幸運のまねき猫が力を発揮してくれると良いのですが


居酒屋の再開と再会(2)

前回からの続き。

2018年06月の火災で店舗を無くし、店のママでもあった妻を亡くしたマスターですが、少しずつ心の傷も癒えてきているようです。

泣き笑いになってしまいましたが、火事でママを亡くした直後の話が聞けました。

以前にも書いたように、2人はマスターよりママが 20歳以上も年上という年の差婚だったのですが、それが一般的に理解してもらえないようで、生命保険会社が不審に思ったのか警察が火災原因を調べたそうです。

保険金目当ての放火殺人ではないかと疑われ、警察が近所の住人に2人の関係を訊いて回ったり、マスターも夫婦仲はどうだったのか問われたりしたのだとか

長いこと二人の仲を見てきた私としては、可笑しいやら腹立たしいやら複雑な気分でしたけど

でも、そんな話を笑いながらできる日が来て本当に良かったと思います


居酒屋の再開と再会(1)

2月27日に再開した居酒屋に 14日の夜に行ってきました

マスターとは 1年半ぶりの再会です。

すっかり泣き虫になったマスターは私が店に入った時、私が帰ろうとした時にも言葉をつまらせ必死に涙をこらえます。

ママを亡くしてまだ 10カ月、悲しみが消えるには早すぎますね

すっかり痩せてしまったマスターですが、これから少しずつ日常を取り戻すんじゃないでしょうか。

久しぶりに食べた料理の味は以前のままでした

水商売なので色々と難しいでしょうけど、末永く店が続くことを願わずにはいられません


居酒屋再開(3)

またまた前回からの続きになりますが

大変な思いをしたマスターから連絡が来て店を再開すると聞いた時、私と妻は本当に心から喜びました

再開の地は私達が結婚して一緒に暮らし始めた建物から歩いて行ける距離。

なんだか不思議なめぐり合わせを感じてしまったのは言うまでもありません

そして、なんと今日、27日が新しい店がオープンの日

来月、3月の中旬は妻が定期検診で札幌に行きます。

私もそれに同行し、再開した店に顔を出してくるつもりなんですよね。

そこにもうママはいませんし、以前の店があった場所とは東西で正反対になりますが

それでも、あの焼鳥のタレを再び味わえるかと思うと今から楽しみで仕方ありません


居酒屋再開(2)

前回からの続きになりますが。

私が電話に出るとマスターは
「良かったぁ~、連絡できなかったらどうしようかと思ったぁ~」
と声を震わせ、涙ながらに
「だって・・・ママの・・・ママのお客さんだったしぃ~」
と声をつまらせます

何度も何度も電話したのに、番号を押し間違えたのか
— おかけになった電話番号は現在使われておりません —
というアナウンスが流れ、眼の前が真っ暗になっていたのだそうです。

マスターは
「酔ってかけたのが悪かったのかなぁ」
などと言っておりましたが

確かマスターは下戸で、お客さんに酒を進められても一切口にすることはなかったはずです。

ママを亡くした悲しみからか、寂しさを紛らわすためなのか、呑めない酒を口にするようになったのでしょうか

だとすれば、酒に溺れ、依存してしまう前に店が再開できる目処が立って本当に良かったと思います


居酒屋再開(1)

火事でママを亡くした居酒屋のマスターから、場所は移転するものの店を再開させるとの嬉しい知らせがあったのは今月初めのこと 

そう、あの若い頃から通っていた居酒屋のマスターです。

昨年末、そろそろ連絡してみようかなどと考えてはいたんですけど 

ママを喪ったショックから立ち直っているだろうか。

店があった建物の家主と裁判沙汰になっていやしないだろうか。

まだまだ悲しかったり忙しかったりするんじゃないだろうか。

などなどと勝手な想像をしてしまい、電話するのを躊躇していたんですよね 

実はその間もマスターは私に連絡しようと必死だったようでして 

伝えていた電話番号に何度電話しても通じず、困っていたのだそうです。

やっと連絡がついたと言うマスターは、涙声で喜んでいました 


開店記念日

昨日の 9月18日は今年 7月の火災でママを亡くした居酒屋さんの開店記念日でした。

開店 30周年、35周年と歴史を重ねてきましたが、今年はそれを祝うことができません 

あれからマスターとも話していないんですよね。

店を再開する目処はたったのかなど聞きたいことは色々とあるんですけど 

寂しい思い、つらい思いをしているのかと思うと何と声をかけたら良いのか。

私の気持ちがもう少し落ち着いたら電話してみようと思います 


居酒屋:あの日~これから

前回からの続き

店の上階にある住居部分から出火したのは 6月23日。

長い付き合いだったママが焼死。

若い頃、一緒に楽しい時を過ごした昔の仕事仲間から一報が入ったのが 26日の昼。

その後、ママの通夜が行われる斎場の情報を入手できたのは同日の夕方近くになってから。

通夜がその日の夜だったため札幌に行く手段がなく、取り急ぎ弔電の手配だけを。

翌 27日の夜、ママの夫でもある居酒屋のマスターから涙ながらの電話。

・・・。

マスターは弔電のお礼に電話してきてくれたのですが・・・。

私が電話に出ると、
「ママが死んじゃったぁ・・・」
と、泣きじゃくる声が聞こえてきました。

マスターはママを亡くしたことを悔やみ、自分を責めます。

昨年の 10月に会った時は店に出ていたママですが、年末から年始にかけて急激に体調が悪化したとのことでした。

大腸がんの手術をした影響でリンパ浮腫となって足が 2倍くらいになるまでむくみ、歩行に支障を来し始めたのと同時に痴ほうを発症してしまったのだとか。

それが進行性だったらしく、6月に入ってからは寝たきりとなってしまい、25日からひとまず病院に入院して受け入れてくれる施設をさがすことになっていた矢先の 23日に火事が発生してしまったのだそうです。

朝、いつものようにママを入浴させて食事を済ませ、マスターは外出しました。

その外出中に火が出たのですが、その原因は床下で発生した漏電の可能性が高いとのことです。

マスターは、
「あの時に外出しなければ・・・」
「一緒にいれば助けてやれたのに・・・」
と自分を責め、声も途切れ途切れにむせび泣いています。

私には慰めの言葉も見つかりません。

しかし最後には、あの場所でもう一度店をやりたい、ママのためにも店を再建すると言っていました。

自分には何もできませんが、可能であれば想い出がつながることを心から願っています。

そして、その日が来ることを心待ちにしたいと思っています。

マスターは、必ず店を再開してくれることでしょう。


居酒屋:50代半ばから現在

前回からの続き

母が一人暮らしをあきらめ、私と妻の暮らすこの町にやってきたのは2016年9月10日のこと。

帰省のついでに札幌に一泊し、居酒屋に顔を出すというのがパターンでしたが、帰省の必要がなくなったため札幌で泊まる理由もなくなってしまいました。

しかし年に一度の事とは言え、せっかく付き合いが続いているのですから母ごときのために止めるのもどうかと思い、暑くもなく寒くもない 10月の妻の検診の際に一緒に札幌に行き、店で飲み食いして一泊するという新たなパターンを構築した私達夫婦です 

昨年も 10月の検診の際には一緒に札幌に行き、楽しいひと時を過ごしました 

しかし、それがママとの付き合いの最後の日になってしまうなんて。

・・・ 

行きたくても店はもうありません。

会いたくてもママはもういません。

30年以上も続いてきた思い出が、突然途切れてしまいました